ドイツ連邦銀行W総裁は「2002年からは欧州単一通貨ユ−ロが流通する予定で、その後はマルクはこの世から姿を消すため、永遠に不滅のマルク金貨を鋳造する」と説明した。
記念金貨であり、法貨ではない。 だがどうして今急に金貨なのか。
アメリカでも1986年にイーグル金貨を発売するまでは、各種の記念金貨を発行していた。 地ならしの役目もあった。
ドイツの今回の記念金貨発行は、「金貨」に対する国民の反応を調べるための観測気球に違いない。 「ユーロ」への切り替えは、新円切り替えと似た意味がある。

切り替えの数ヶ月前あたりから、ドイツマネーが海外へ大量に流出する可能性もある。 マルクの海外逃避を未然に防ぐには、「金」でつなぎ止める以外に方法は少ない。
「1マルク記念金貨」でなく、別途「地金型マルク金貨」を大量発行するのも良いであろう。 「ユーロを17パーセントの法定金準備率通貨」にすることである。
「ユーロ」に17パーセントの金を裏付けることによって、ヨーロッパの人たちも輪転機に歯止めがかかるという安心感が生まれてくる。 それでやっとヨーロッパの人たちも安心して財布に入れる。
そういう裏付けが無ければ、「ユーロ」という紙幣は、なじまないだが、B政権が「17パーセント部分的金本位制」の声明を出したらすかさず、「17パーセント法定金準備率制」を実施すべきである。 この対応を行うことは、「アメリカの通貨システム」と「ヨーロッパの通貨システム」が「金」を中間項としてリンクすることを意味する。
「ユーロ」が一国の通貨であれば公的金保有の多い国は、アメリカと同様な「部分的金本位制」を採用すべきである。 残念ながら「ユーロ」は寄り合い所帯だから、「交換制」まで取り入れてしまうと、どこかの国から出た交換紙幣で、無関係な国の党換用金が取り崩されるか見当もつかないので、免換システムが機能しなくなるに違いない。
「ドル」玉1厘以外は、変動相場制に置き去りにするそこで次善の策として、「17パーセントの法定準備率制」の採用となる。 「金」との結びつきは、「17パーセント部分的金本位制」のほうが「免換」まで行なうので「17パーセントの法定準備率制」より強い。
「ドル」と「ユーロ」とどちらの方が強い信認を持ちうるかと言えば、「ユーロ」は交換を認めないが「ドル」は交換を認めるわけだから、当然交換まで保障する通貨の方が、より高く強く評価を受ける。 つまり、「ドル」が兄貴分になり、「ユーロ」が弟分になる。

こういう関係が成り立つ。 そして「金」というアンカー(いかり)を「ドル」と「ユーロ」が持つわけだから、そこでは「金」が媒介になり、両者の変動幅がひじょうに狭くなる。
「ドル」と「ユーロ」は、かつてヨーロッパで採用されていたマルクを中心とした極狭い変動幅で蛇のように動いた「スネーク」のような関係となる。 「ドル」と「ユーロ」は「金」を接着剤にして「準固定相場制」となるのである。
C第1期政権の頃、ちょうどアメリカがNAFTA(北米自由貿易協定)を成立させ、つまりアメリカ、カナダ、メキシコを自由貿易圏にしたときに、ヨーロッパからNAFTAと一緒にアトランティック(大西洋)をまたいで、TAFTA(トランス・アトランティック・フリー・トレード・エリア)という自由貿易圏を作ろうという提案を出した。 しかし、ときのCリストファー国務長官は、「時期尚早だ」と言って、それを撥ねつけたのである。
なぜ、その時点でCリストファー国務長官は、ヨーロッパからの申し出を断ったのであろうか。 これはやはり、時期尚早という言葉に意味がある。
どういうことかと言うと、当時はまだ「ユーロ」の成立があやふやな時期であった。 つまり「ユーロ」ができるかどうか、見通しは十分に立っていない。
ということは、ヨーロッパの各国通貨と「ドル」とはエキュ(欧州通貨単位)を通じて変動相場関係にあった。 これを共同フロート制と言っていたが、通貨が変動相場制で自由貿易にしたときには、相手方が交易条件を自国に有利にするために、自国通貨を意図的に下落させるという戦略を取るリスクがあった。
そうなるとアメリカは痛手をこうむるリスクも高かった。 そこでアメリカが考えたシミュレーションはこうだ。
「ユーロ」がスタートして、ヨーロッパの通貨がまずワンパッケージになる。 タイミングを見て、アメリカが「17パーセント部分的金本位制復帰」を宣言する。

われわれとよしみを通じているヨーロッパの面々が、「このまま放置するとわれわれの年金運用者は、長期の通貨価値の下落リスクをヘッジする最高の投資先はアメリカだと、雪崩現象を起こすに違いない。 そうなれば、ヨーロッパの通貨は対ドル全面安になる。
だが、アメリカはすかさず輸入課徴金をかけてくるに違いない。 新交換ドルに対して何か対抗策はあるのか。
われわれも新交換ドルと事実上連動する方策を至急検討する必要がある」との問題提起を行い、社会的にアピールする。 そして「17パーセント法定金準備率制」導入をECBのD総裁が緊急発表する。
こんな展開をするだろう。 このシミュレーションのポイントは、「アメリカの通貨システム」と「ヨーロッパの通貨システム」は、かなり早いときからすり合わせが行われていることを暗示しているのだ。
また、アメリカとヨーロッパの間には多彩な人的ネットワークが存在しているのである。 私の「仮説的近未来予測法」では、このようなシナリオが感じ取れるのである。
このシナリオの反射的シナリオとして、アメリカとヨーロッパ以外のエリアでは、現在の変動相場制がそのまま継続するということになる。 ということは、為替が外交の大きな手段として、つまり「為替武器論」が今後も生きているということだ。
ときに通貨危機が外交手段の代替として利用され続けるのである。 1998年のダボス会謹で「金」がテーマに急浮上した 2001年1月末の6日間、スイスのダボスで世界経済フォーラム(ダボス会議)の総会が開かれ、日本から初めて現職の首相の参加で話題となった。
M首相にH山民主党代表、I原東京都知事と多彩な参加となった。 毎年3000人近くの参加者があり数多くの元首、閣僚、大企業の最高経営責任者、学者、IMF、世界銀行の上級幹部たちが集まり、しばしばその年のキーワードを作り出しているとも言われている。

1998年1月のダボス会議では、久しぶりに「金」も分科会でとりあげられたことが、金関連業界の人々の間で大きな話題となった。 この「各国中央銀行“今後の挑戦課題は何か」と題されたパネルディスカッションの発言者には、国際決済銀行(BIS)のCロケット総支配人、南アフリカ準備銀行Cロス副総裁、世界第4位金鉱山会社のBリック・ゴールド社のMンク会長、フランス銀行のTリシェ総裁等が含まれていた。
生産会社のトップと中央銀行の幹部が直接「金」を議題に話をすることはひじょうにまれなことであった。 つい最近知ったことであるが、1998年のダボス会議では、「各国中央銀行皿今後の挑戦課題は何か」のパネル討議の他に、あと2つの非公開の「金」関係の会合がもたれていたことが判明した。
私自身が参加した1997年3月の香港での世界経済フォーラム・東アジアサミットである話が会場で披露された。

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